■ 諸流若葉会 ■

<敬称略>

代 表 設 立 代数
高田知幸庵 昭和49年
(1974)
初代

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 昭和49年冬、袁正流木村袁翠庵初代家元の勧めにより、女性だけの生花の勉強会をつくることになり雲水会の先生方に呼びかけたところ、誠心流渋谷遷寿軒、日本生花司松月堂古流森田紫峯園、相阿弥流渡辺美月園、東山流平野秀香園、未生流早川松園斎、天心流高田知幸庵氏の6名が賛同。保証人として木村袁翠庵、清風流吉村竹流斎、顧問に照雲流赤塚一得庵、兆陽派清風流加藤兆陽斎師の4名を併せ、会の名称も諸流若葉会として発足。代表は高田知幸庵氏。
 発表会は三輪神社連夜会において行うこととし、和浪会へ入会。同50年7月15日、8月7日に若葉会として連夜会花展に初出瓶。以後現在まで毎年連夜会出瓶を続けている。平成17年11月20日には創流30周年を迎え、瑞穂区東山荘で記念花展を開催、現在に至っている。   
諸流若葉会歴史

 昭和49年冬 袁正流木村袁翠庵初代家元の呼びかけにより発足。  
会員
天心流高田知幸庵  誠心流渋谷遷寿軒  日本生花司松月堂古流森田紫峯園 相阿弥流渡辺美月園  東山流平野秀香園  未生流早川松園斎
保証人
袁正流木村袁翠庵  清風流吉村竹流斎
顧問
照雲流赤塚一得庵  兆陽派清風流加藤兆陽斎
50年1/15  第一回総会  光玉料理店
発表は三輪神社連夜会とし和浪会へ入会
2/2  雲水会新年会の席で 真道流服部照俊斎・久野美香園・牧田星照園氏が入会
6/20  若葉会第1回勉強会  大須龍雲寺  花材…杜若
7/2  第2回勉強会  大須龍雲寺
7/13  和浪会席主会(若宮八幡社)に高田知幸庵氏が代表として出瓶
7/15
8/7 
第1回若葉会連夜会花展出瓶
 10/30 勉強会  龍雲寺
51年
5/23
木村袁翠庵師逝去
  木村袁翠庵師は実力充分一枝一葉手直しされると花は見事に変身。生花における力眼技は素晴しく、又花の批判は人前ではせず、蔭で的確なアドバイスをされる配慮をされた。各流の花型は全て頭の中にあり、厳しい指摘の稽古であったが、それを慕って上手になりたい雲水会の人々が集まり、龍雲寺での稽古は他流派の見学者を含め満員であったという。「女性は杜若や水仙の葉組をしっかり身につけておくのは花の道では力になる」との持論で、若葉会の会員を指導した。
 8/2
8/27
第2回若葉会連夜会花展出瓶
 平成2年
10/3
創流15周年記念花展  金山市民会館小会議室
 7年11/5 創流20周年記念花展  中区栄・若宮八幡社斎館
 17年11/20 創流30周年記念花展  瑞穂区・東山荘
  30年の間には会員の移動もあり木村師をはじめ吉村、赤塚、加藤、渋谷、森田、早川、渡辺、日比野師らが故人となられる。(高田知幸庵代表の記録から)   


会員名簿(平成19年6月25日現在・敬称略)

  名前 流名 住所
顧問 石黒一袁斎 袁 正 流 名古屋市中区大須
名誉
会員
桂川双鶴庵 是  心  家
松月堂古流
名古屋市中区大須
野村美水園 二条家靖流 名古屋市熱田区一番
久野美香園 真道流 名古屋市守山区金屋
代表 高田知幸庵 天心流 名古屋市瑞穂区亀城町
会員 牧田星照園 真道流 名古屋市西区則武新町
杉山幸恵園 天心流 名古屋市南区駆上
飯田錦月庵 トウ(山東)源流 名古屋市港区土古町
下野松由園 天心流 名古屋市瑞穂区弥富町緑ケ岡
小島一美庵 袁正流 名古屋市港区港明
奥村清水庵 二条家靖流 名古屋市熱田区一番
小林山陽庵 八代流 名古屋市昭和区小坂町
石黒清寿庵 村雲御流 大府市横根町名高山


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