■ 天照古流 ■

<敬称略>

代 行 創 流 代 数
安井晴武庵 大正時代 4代目
(代行)

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 桑名で生まれ、初代晴翠庵(政次郎)家元により名古屋市中川区露橋で創流。二世晴翠庵華晃(正一)家元が中川区尾頭橋通3-11にて天照古流華道学院を開き発展したが、大東亜戦争により空襲で家を焼かれ、資料文献を失い、また体調も崩し、戦後の昭和23年5月死亡。その時長息彰芳氏は14歳。父二世晴翠庵家元死去の半年前の小学6年の時に、二世の従兄弟安井晴武庵氏(中学3年)と伴に稽古を始め、二世家元亡き後は二人で華道修行に出、古典花の生花を基に盛花、投入を教える。
 以後、諸流雲水会、連夜会などに参加し活動したが、三世晴翠庵(彰芳)家元が平成14年5月に死亡。後継が無く安井晴武庵氏が代行している。