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■ 茶道尾州久田流 ■

<敬称略>

家 元 創 流 代数
下村瑞晃 明治初期 5代

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 尾州久田流は利休の妹宗円を母とする久田宗栄に始まった京都両替町の久田流茶道を正しく受け継いだ哉明下村実栗(みつよし)に始まり、優にやさしゆかしき久田流の点前を如実に実践し、下村誠を経て、美年、晃園、瑞晃家元と現在に至っている。
 数年毎の熱田神宮献茶式、3年毎の豊国神社献茶式、5月の武雄神社献茶式、10月の氷上姉子神社献茶式、6月の菖蒲之釜をはじめ熱田神宮、豊国神社、興正寺月釜など多数の茶会を担当している。
  

行 事

月釜、他流派合同の場合はそちら〈団体〉に掲載)

月 日 名 称 会 場
29 10/ 氷上姉子神社献茶式 緑区大高
氷上姉子神社
6/11 菖蒲之釜 緑区大高 萬翠庵
5/3 武雄神社献茶式 知多郡武豊町 武雄神社
1/22 初釜 緑区大高町・家元萬翠庵
27  10/11  西行庵下村哉明翁百回忌追善茶会  八事 八勝館 


茶法伝承系図

利休→久田宗栄→宗利(受得斎)→宗全(徳誉斎)→宗也(不及斎)→宗玄(厚比斎)→宗参
参(関斎)→宗栄(生々斎)→栄甫→下村実栗(哉明)→誠(萬翠庵)→美年→晃園→瑞晃                               

 尾州久田流は哉明下村実栗(みつよし)に始まる。実栗は天保4年尾州知多郡大高郷(現名古屋市緑区大高町)の郷士下村丹山の長子として生まれ、母は山口氏、新月を夢見て生むとて「哉明」と号す。
 幼くして文字をよくし英才人にすぐれ、長ずるに及んで茶道に精魂を傾け、又花の舎について画を学ぶ。
 茶道を初め松尾宗古に学ぶもその早逝に遭い、後京都両替町の久田栄甫に師事して久田流の奥義を極める。
 孝明天皇の御妹和宮親子内親王が14代将軍徳川家茂に御降嫁の折、哉明は鳴海宿で尾張藩の茶道方として真の台子点前を以って茶を献じたり、益田鈍翁、高橋箒庵らとの交友はよく知られる。
 茶道の普及と門人の育成に努力するとともに、画筆をふるい茶席、茶庭を好み、大高の長寿寺の涅槃像及び十六羅漢像の遺作、又、大高の春江院、有松の井桁屋、鳴海の成海神社の茶席などが好みとして知られている。
 幕末から明治初期の混乱期、利休の妹宗円を母とする久田宗栄に始まった京都両替町の久田流の家元は久しくその姿が不明のため、久田流茶道を正しく受け継いだ哉明が、東海にあってその名を知られる。
 晩年すべてを長嗣子の萬翠庵下村誠に譲り、鷲津山麓に「西行庵」を結んで隠棲、大正5年83歳で天寿を全う。菩提寺は大高山春江院。
 女手前をその特徴として優にやさしゆかしき久田流の点前を如実に実践し、下村誠を経て、美年、晃園、瑞晃家元と現在に至っている。

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